アジアンカップ準優勝



アジアンカップの感想(名前をクリックして下さい)
監督:長利 智隆
コーチ:清水 大樹
@ 岩永修平
A 鈴木 武
B 大城 良介
D 千田 哲久
E 井桁 孝浩
F 安藤 淳也
G 保谷 健太
I 井上 肇


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監督 : 長利 智隆



佐倉インヴァース(千葉)

アジアカップ、応援ありがとうございました。

私自身、監督という職務に思考錯誤しながらも、
代表チームとともに歩んでまいりました。

監督としては、まだまだいたらない部分がありますが、
保谷キャプテンをはじめ、選手のみんなに支えてもらいながら、
頑張ってきました。

手前味噌になりますが、日本は本当に強かったと思います。

結果、「銀」ではございましたが、
今までの活動に間違いは無かったと、強く感じます。

アジアカップで得た経験を、今後の活動に生かしていく所存であり、
ポロを愛する皆様に水平展開していきたいと思います。

応援してくれた皆様に心から感謝します。

そして、
選手のみなさんお疲れ様でした。

次は世界選手権、
半年後にはドイツが待ってます。

I THANK YOU ALL!!

No.0 NAGATOSHI






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コーチ : 清水 大樹



三重県カヌー協会(三重県)

今大会において、私がみんなの存在感を感じた場面を挙げる。

井桁は決勝でチームを崩壊の危機からすくったこと、
ジョーカーのようなやつだ。

保谷は乗り捲って大会一のスーパースターキャプテンであったこと。

修平は連日のオフィシャル外交でのかつやく。

千田はそのクールなエースっぷり。

井上はみんなの見てない所でのサポートぶり。

安藤は決勝での泣きっぷりのよさ。

大城は千田のパーティーをかっさらったアゴのはずれっぷり。

鈴木はスリ事件での、ぼけなすっぷり。

監督はそのデビュウ大会にもかかわらず堂々たるしきりっぷり。

みんなが存在感を示したすばらしい遠征だった。

今後の代表活動のあり方に良い方向性を示すことができたと思う。

今回がモデルもしくは基礎となりカヌーポロがさらなる発展を遂げるよう祈る。

No.13 CHIN






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#1 岩永 修平



佐倉インヴァース(千葉)

アジアカヌーポロの着実な発展と今後へ繋がる大きな可能性



今回のアジアカップを通して最も強く印象に残ったのが上記点である。

カヌーポロはオセアニア、そしてヨーロッパ主導で発達してきている。

第1回世界選手権から3回連続でチャンピオンになっているオーストラリア、
そして、地の利を活かし、相互に刺激し合い強くなってきたヨーロッパには
実に30ヶ国近くの国々にポロが浸透している。

ヨーロッパ、オセアニアは確実に前に進んでおり、最近はアジアとの差は開く一方であり、
世界のカヌーポロ情勢を見渡したとき、アジアが出遅れている観は否めないのである。

しかし、今回のアジアカップはアジアカヌーポロレベルの底上げ、
そして今後さらにアジアでポロが発展していく可能性を
多いに感じさせてくれるものであった。



マレーシア、シンガポールの国際大会への参加

マレーシアにとっては久々の国際大会への参加、
シンガポールにとっては初めての国際大会への参加となった。
インドネシアは政情不安により今回も代表チームを派遣していなかったのは残念であるが、
東南アジアから新しいメンバーを迎えることが出来た。

マレーシアは、マレー人、華僑系の混成でチームを作っていたが、
代表チームに育成に時間を割ききれていなかったこともあり
チームとしての完成度はいまいちであった。
個々の選手は高い資質を見せており、
クラブチームで高いレベルにあるチームもあることから、
これは時間により解決されるものであると考える。
2004年には、マレーシアで第2回のアジアカップが開催されることが決まっており、
今後熱くなるであろう東南アジアポロは要注目である。

この2年間でアジアで最も伸びた国と言えば間違いなくシンガポールであろう。
今回は純粋なナショナルチームでなく、
NUS(シンガポール国立大学)の単独チームが連盟の認可のもと、
シンガポールナショナルチームとして参加していた。

2年前には、ポロに関しては素人に近いレベルであったが、
今大会では目覚しい成長を見せており、
7ヶ国中の6位であったもののチームワークを武器に随所にいいプレーをしていた。

また男子チームだけでなく、女子チームも纏まりがあり、
3ヶ国参加ながら香港を上回り2位という結果を残していた。



成長に陰り、香港・マカオ

香港に関しては、ここ5年近く代表のメンバーがほとんど変わっていない。
PlayStyleも非常にDeffensiveであり、
観客からあまり支持されていなかった。

香港は大陸返還後、政治的経済的に不安定な状態が続いており、
子供達に少しでもよりより安定を望む親達が、
少しでも時間を勉強に割くことを強く望んでおり、
スポーツをすることにあんまり寛容でない空気があるということを、
今回新しく代表入りした若者に聞いた。
香港返還のスポーツ面での影響を垣間見た。

しかし、
一方で今大会を観戦に来た高校生達がポロを是非頑張りたいと言っており、
このような若者達の台頭により、香港でも世代交代が今後行われるのだと思う。

マカオは世界選手権は参加していないが、
アジア選手権には毎回参加しており、今回のアジアカップにもエントリーをしてきた。
香港に近いから余裕があるのか、大会初日の金曜日には現れず、
2日目の第1試合にも試合に間に合ったのはレギュラーの5人だけであった。
チームはおじさんから若者が集まっており、ポロを楽しんでいるという感じだった。
今回7位に終わってしまったものの、次回大会も是非出てきてもらいたい。



アジアの虎・台湾健在、女子チームの成長

劉監督のもとしっかりとしたTraining Menuを組み、
そして高い身体能力を武器に台湾は
ここ2、3年で一気にアジアの頂点にのし上がった。

その力は現在も健在であり、今回も前評判通り優勝という結果を残している。
彼らの武器は何と言っても身体能力であり、
その漕ぎのスピード、そして肩の強さがアジア内では抜きん出ており、
前回世界選手権覇者のイギリスから5点を奪う(9失点)
という高い攻撃力がそれを証明している。

台湾チームが今後世界の壁を崩すに当たって
どうしても向き合わなければいけない問題が徴兵制度であり、
今回も前回世界選手権の核であった選手が2,3人
徴兵制度によりチームを去ってしまっていたのは残念である。

学校を卒業すると2年軍隊に入るのだが、
最も選手として脂がのっているときに
ポロから離れてしまうのはもったいない限りである。

台湾女子チームの国際大会への参加は今回初めとなったが、
男子と同じく劉監督のもといいチームに仕上がっており、
国際大会初出場ながら優勝という結果を収めた。

前回世界選手権で日本女子チームは4位という快挙を為しているが、
男子チームだけでなく、
女子チームに関しても台湾というチームは間違いなく好敵手となるであろう。
今回日本女子チームの参加があれば、
間違いなく台湾女子チームといい試合をしているはずであり、
是非ともその試合を見たかったが、
9月のドイツの楽しみにとっておくことにしたい。



待たれる韓国・中国の参加

今大会に上記2ヶ国の参加の話しもあったが、残念ながら実現しなかった。
是非とも次回大会に出てきてもらいたいものである。



高い身体能力、イラン

4位という結果に終わってしまったものの、
アジア人離れした体格をしており、
その身体能力を武器に常識を超えたプレーを見せてくれた。
台湾人がアジアという枠組の中で優れているとすると、
イラン人の身体能力はヨーロッパを感じさせる
アジアの粋を超えた凄さであった。
イランチームは、レーシング、スラローム上がりの選手を中心に組んでおり、
ポロに関する戦術の未成熟さにより勝ち星を多く上げられなかったが、
今後この国が真剣にポロに取り組んだら間違いなくアジアの脅威となる。
ちなみに今年の5月に
イランでアジア選手権が開催されることが決まったらしい。

余談ではあるが、イラン人は実にフレンドリーであった。
最初はその余りにどでかい体格の為に近づき難い雰囲気を醸し出していたが、
一旦試合会場に向かうバスに乗り合わせると、
陽気に近づいて来て話し掛けてくれる。

実にNice Guyが揃っていた。



Rising Sun Japan

決勝で台湾に負けてしまったものの、
アジアの中でのその存在感をはっきりと示すことが出来た。
試合後に他国の多くの選手から、
'you are the real champion'
と言われたのはただのお世辞ではなく、
技術的な高さだけでなく、
チームの明るさ・結束力に見られるチームワークの良さ、
決勝でYellow Cardをもらい3点差という
絶体絶命の状況下でも諦めない姿勢を貫いた結果だと思う。
日本が今後アジアポロのリーディングカントリーとして
求められている役割は大きく、
アジアと共に歩み、
アジアと共に進む必要性を強く感じた。

我々が今後より上を目指そうと思ったときに、
自然と頭に浮かぶのははヨーロッパやオセアニア諸国である。
しかし、近隣諸国の発展なくして、
恒久的な日本の発展は有り得ないのである。
我々が、ヨーロッパにだけ目を向けた場合、
確かに日本は上手くなるであろう。

しかし、
このカヌーポロという発展途上のスポーツでは
自分達だけが上手くなることを考えているだけでは駄目であり、
全体の底上げがあって初めて伸びていくのである。

「アジアと共に歩み、アジアと共に進む」

これからの我々のテーマだと感じた。


今回は選手としてプレーするだけでなく、
長利監督や清水コーチと共に通訳として監督者会議、
アジアカップカヌーポロ会議、
台湾劉監督やダンカンとの食事会に参加した。
お陰で選手としてプレーするだけでなく、
いろいろな場に顔を出すことが出来、
そして情報を入手することが出来た。概要下記通り。



ニュージーランドポロ人口

ニュージーランドにはポロ人口だけで15,000人もいるらしい。
これは3回世界チャピオンになっている
オーストラリアの数倍あるとのこと。
またChristchurchには一つの街だけで3,000人もの選手がいるらしい。
これは学校の体育の授業にポロが入っている為らしく、
Junior世代からみんなポロをやっているらしい。



ドイツポロ近況

ヨーロッパの国々ではほとんどの国で
その国のチャピオンを決める為にリーグ制が導入されており、
シーズン中にJリーグのような形で定期戦を行い、
総当りでそれぞれのチームと2回ほど試合を行いチャピオンを決める。
またイギリスやイタリアなど、リーグが1部だけでなく、2部、3部とあり、
これまたJリーグの様に、毎年上のリーグの下位2チームと
下のリーグの上位2チームの入れ替えが行われている。

ドイツでは驚くなかれ、国内に8つのリーグがあり、
そして昨年U-21の国内大会を開催した際には
国内から実に76(!!)ものチームのエントリーがあったとのこと。
ヨーロッパの選手層の厚さは、日本の比じゃない。
一体日本代表はこのドイツのU-21の大会に参加したら
どれぐらいの結果を残せるのだろうか?
正直なところ、U-16の大会で優勝できるかも怪しいというのが本音である。



環太平洋圏大会構想

金曜日の夜にアジアカップ会議なるものが開かれて参加した。
呉アジアカヌー連盟連盟副会長を中心に
(ちなみにこの方は、アジア綱引き連盟会長、
台湾バドミントン協会会長、貿易会社社長と多様な顔を持っており、
厳かな独特の雰囲気をまとっている。)

各国のOfficialが集まり、
今後如何にしてアジアの中でカカヌーポロを普及させていくか、
アジアカップを今後どのような周期で開くかということを話した。
議題の焦点なったのは、
アジアでポロを普及させる為には、
アジア内でもっと大会を開催した方がいい。
であれば、
アジアカップはアジア選手権とは別途毎年開催した方がいいが、
毎年開催するには、選手団を派遣する各国の連盟の財政的な問題、
開催国の金銭的な負担の問題があり、
普及とお金の問題のバランスを如何に取るかという点が焦点となった。
結果、アジアカップは2年周期で開くことにし、
アジア選手権とアジアカップが今後毎年交互に開催されることになる。

話しはアジアに留まらず、環太平洋圏の大会の創設にも発展した。
ヨーロッパではシーズン中は毎週末の様にどこかで大会が開催される。
陸続きの為、色んなチームが車で移動し、容易に大会に参加している。
一方で遠く離れている非ヨーロッパ諸国は
世界選手権以外の国際大会には相当に足を伸ばさないと参加できない。

事実、オーストラリア代表チームは世界選手権がない年は、
毎年の様に一月ほどかけてヨーロッパ遠征を行い経験を積んでいる。

ヨーロッパから遠い我々にとって、
近場で国際大会がないというのは非常にネックであり、
そのような背景から

Pan Pacific Canoe Polo Championships

の構想は生まれた。

出来れば、
この大会は2003年から開きたいということで
去年のブラジルでの世界選手権でも話しにあがったらしいのだが、
今は勿体無いことに話しが保留になってしまっているらしいです。

アメリカ大陸から、USA、カナダ、ブラジル、アルゼンチン。
オセアニアからオーストラリア、ニュージーランド。
アフリカからナミビア、南アフリカ。
そして今回のアジア諸国。
一堂に会する大会があれば夢のようなんだけどね。



世界選手権参加ヶ国の制限について

大会が終わった後の月曜日と火曜日に、
ICFのカヌーポロ委員会会議が開かれた。
議題としては、
今後世界選手権に参加する国々の参加ヶ国数を
制限した方がいいのかというのがメインになった。
これも、現実問題としてU-21を同時並行で開催している
世界選手権の参加チーム数が増えている一方で、
大会主催側としてはそのチーム数をさばききれないという問題があがっている。
どうすればいいのか?

Canoe Polo Forum(http://forums.canoepolo.com/)でも既に話し合われているのだが、
多くの国々とって世界選手権は目標となる最高の舞台であるし、
世界のTopのプレーを見れる数少ない場である。
発展途上のこのスポーツにとっては、
出来るだけ多くの国々が一同に会することが普及に繋がるのだと。
将来的にカヌーポロがオリンピックの正式種目に入ることも考えた場合、
U-21との大会を切り離してでも、
普及の為にも世界選手権の参加制限は行わない方向で
行うことを望む声が選手からは多く上がっている。



タイムクロック

カヌーポロは如何にしたらもっと面白いスポーツになるのか。
発展途上のこのスポーツでは昔から常にこのことが話し合われてきたし、
それに合わせてルール改正が行われてきた。

タイムクロックの導入。
それはバスケと同じようにシュートするまでの時間制限を設けることにより、
試合をよりスピーディーにしようというものである。

Aveiroでのイギリスの戦術、
Brazilでのイタリア対ドイツなど、
その戦術には賛否があるだろうが、
全く攻めないオフェンスというのは
少なくとも観客からはブーイングが起きていた。

こういったSlowテンポの試合をなくし、
面白い試合を増やす為にルール改正が検討されている。

結論から言うと、
タイムクロックの導入は当分はされない。
理由としては、@ヨーロッパの人達は、
カヌーポロにサッカー的な面白さを見付けており、
時間をかけて攻撃するのも然りだと思っている。

Aタイムクロック制を導入する為には、
時計などの器具が必要となり、
ローカルな大会で準備するとなると容易でない。

Bそれに伴うルール改正が多く生じる。
現在、タイムクロック制に代わる方法として検討されているのが、
ハーフを超えてボールが運ばれた場合、戻してはいけないというもの。

みなさんはどうすればもっとポロが楽しくなると思いますか?



スポーツ科学とカヌーポロ

アジアカップの最中、プールサイドで台湾の選手が監督と話しながら、
指にバンドエイドを巻いていた。
怪我をしたのかと心配して近づくと、そうではなく、
乳酸の値を計る為に、血を採っており、
試合前と試合後の数値を比較しているのだった。

台湾の劉監督は体育大学の先生をしており、
現在スポーツ科学を専攻している。
よって、練習メニューも、
彼自身が持っているノウハウを盛り込んだ形となっている。

乳酸値測定に関しては、1998年にイタリアに行った時にも、
イタリアのナショナルチームで既に取り入れられていた。

オーストラリアのダンカン夫妻もスポーツ科学を研究しているし、
世界で最も上手い女子プレーヤーとされているジニー(#3、GB)は
スポーツ科学で博士課程を取るべく勉強中だそうだ。

カヌーポロにスポーツ科学。進んでいるところは進んでいます。



ダンカンダイエット日記

世界のエース、ダンカンもダイエットをしていた!
詳しくは、修平のダイエット日記で。
乞うご期待。近日中にUp予定。

今回の大会は色々な意味で、学ぶことが多くそして楽しい大会となりました。
得たことを今回で終わらせることなく、次に繋げられればと思います。

今回のAsian Cupで何かあれば何でも聞いて下さい。
(po-shuhei@pop17.odn.ne.jp)
分かる範囲でお答えします。


それにしても、今回の代表は本当にいい仲間に恵まれていたと思う。
このメンバーで大会に出れた喜びと誇りを強く感じています。

改めて応援頂いた多くの皆様、本当にありがとうございました。

See you this spring,

Ciao,

No.1 SHUHEI








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#2 鈴木 武



佐倉インヴァース(千葉)

決勝戦、惜しい試合でした。とても残念でした。

なぜあの時、こうできなかったのだろう、とよく考えています。

この大会では多くの課題が見つかりました。
個人的としても、日本代表チームとしてもです。
これをきっかけに、どちらも更なる向上が望めると思います。
この意味で、今大会はこれからの練習の重要な糧となるでしょう。

また、マレーシアとシンガポール、そして台湾の連中と再会し、試合をし、
ビールを飲んで、たわいもない話ができたことが、本当に楽しかったです。
シンガポールが2年前に比べ恐ろしく上手になっていて、感動しました。
台湾とはホテルの部屋が隣であったこともあり、四六時中一緒に騒いでいました。
素晴らしい思い出です。


ひとつの国際大会に選手が出場することは、
監督、コーチ、マネージャーなどのスタッフをはじめ、
ポロ委員会事務局や現地のコーディネーターなど様々な方の支え、
サポートがあって初めて可能になるものです。

同時に今回は、長い練習期間、多くの選手に練習相手となっていただきました。
お世話になった皆様、ありがとうございました。



【番外編】

香港で盗難(スリ)に遭いました…。
19日の夕食後、お土産を買おうと九龍の繁華街に出掛け、
バザールのような屋台街(?)のすごく細い路地に行きました。
そこの洋服店でカンフー服を試着している間に、
バックから財布だけを抜き取られてしまったようです。
大事な決勝戦の前日、かなりショッキングな出来事でした。

そんな、ぺっこりとへこんだ僕を慰めてくれたのが、井桁さんと井上でした。
ありがとう! いげちー&はじめ

財布に入っていた免許証や学生証、銀行のキャッシュカード等は、
帰国後にすべて再発行となりました。
そして昨日、カード会社から電話がありました。
僕が盗難に遭ってからカード使用を止めるまでに、
このカードで10万円程の買い物がされていたそうです…。
ですが、盗難に遭って直ぐにカード会社に連絡しておいたおかげで、
カード会社の会員保障制度の対象となるそうです。
不幸中の幸いでありました。



【「鈴木 武」今大会の成績】

VSイラン …1得点
VS台湾@ …1得点
VSマカオ …1得点
VS台湾A …1得点
合計4得点(たぶん)


No.2 TAKESHI







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#3 大城 良介



愛知大学カヌー部(愛知)

アジアカップに向けてチームが結成されてから
練習会、合宿、そしてアジアカップまで
すばらしい時間が過ごせたと思います。
正直なところ、大学4年ということで就職や学業、
また合宿をたくさん行ったため経済的に
つらいこともありましたが、
多くの方に支えられ、激励され、
今回のアジアカップを楽しむことができました。

結果は銀メダルということで
悔しさや物足りなさは感じます。
しかし、予選リーグで台湾から勝利したことや
個人的にはスタート時のボール取りも
12勝2敗ということで
近い日には必ず日本がアジアチャンピオン
になるものだという手ごたえを感じました。

ここで得たものを糧にして
これからアジアチャンピオン、世界選手権で
上位に入れるように頑張っていければと思ってます。

最後に、応援してくれた皆さん、本当にありがとうございました。

これからもみんなの手で日本のカヌーポロを盛り上げていきましょう。


No.3 OHSHIRO






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#5 千田 哲久



シーモンキー(愛知)

バラバラのチームから集まった7人からなる今回の代表チームは
多くの不安とともにスタートをしました。

まったく戦術も個性も違うメンバーでどうなるのか?

こういった思いが7人全員の中にあったはずです。

しかし、そんな不安も三好、横浜、千葉にまたがる
合宿で少しずつ解消し手応えを感じるようになっていました。

そんな矢先に10月にイランで予定されていたアジアカヌー選手権が
テロ事件の影響で中止になり、一時は解散になりかけたこともありました。
しかし、ほんとうにたくさんの人に支えてもらい、
香港でのアジアンカップに辿り着くことができました。

あんなに不安だらけだったのがウソのように
香港では心からカヌーポロを楽しみ、
最高のチームメイトとスタッフで過ごすことができました。

決勝戦に敗れ準優勝に終わったたものの、
チームとして最高のパフォーマンスができたと言い切れます。

会場にいた多くの外国人の観客の歓声や拍手やブーイング、
どれをとっても日本チームを応援するものでした。

また、決勝戦をテレビで生放送で見た日本人が
僕達のホテルにまで来て感動したというのを伝え聞いたとき、
本当にこの代表チームでやれてよかったと実感しました。

負けた悔しさはもちろんありますが、これから先も

「この最高のチームメイトとスタッフでもう一度金メダルを目指したい。」

それだけです。

日本から応援してくれたみなさん、ほんとうにありがとうございました。

No.5 TETSU








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#6 井桁 孝浩



佐倉インヴァース(千葉)

「夢物語のような大会だった。」

今こうして文章を作っている自分自身、
大会に参加した事が遠い過去のように感じられ、
写真を見る事で参加したことが確認できる、
少し怖さを覚えるような現象に包まれている…


今回試合に出ていたメンバーの中で唯一、
初めて日本代表に選ばれた私にとって、
アジアカップは自分のカヌーポロの集大成とも言うべき大会であった。

その大会は、
以前から台湾にマレーシアに香港にと遠征し、
アジアの選手と触れ合う機会が多かった私にとって、
香港という異国の地にもかかわらず、
周りを見れば知っている顔がたくさんいる、
まるで地元で行われているような大会であった。

そんな私にとってのアジアカップは喜びに満ち溢れていた。

日本チームの試合のときに最も歓声が大きくなるのは嬉しかった。
事実プレーをしている自分自身でさえも、
日本チームは強く、素敵に思えるから
それを胸に秘め、誇りを持って戦う事が出来た。

また、陸上でも日本チームの周りにはいつも人が集まってくるのは嬉しかった。

国境を超えた付き合い、いつも笑顔で語り合っていた。

サインは数え切れないほど書いたが、
こんな経験一生のうちに何回できるのだろうか。

今までのアジア遠征がどれだけ自分にとって有意義であったか、
どれだけアジアのカヌーポロにとって有意義であったかを
知る事が出来るなんて夢のようだった。

世間一般の海外における日本人のイメージは、
周りから煙たがられるような印象を持っている人が多いと思う。

そんな事は無い。世界の日本人だと胸を張って言える。

そんな素晴らしいアジアカップは夢のような時間と共に過ぎていった。

楽しいときは過ぎるのも早いというのを感じながら、
今こうして机の前に座っている。

最後に応援してくださった皆さん本当にありがとうございました。

今回の銀メダルという結果には、
皆さんの期待に応えられなかったという悔しさも有りますが、
良い仲間に出会い、良い試合ができて、良い大会に参加したという
満足感に満ち溢れています。

改めてカヌーポロの良さを知り、
より一層カヌーポロが好きになりました。

また、今まで時間の許す限りどんな大会でも参加してきた
自分にとっての信念は、

「まず人がいる。色々な人がいてカヌーポロがある。」

改めて認識する事ができて、
益々大会に参加し頑張っていきたいと思っています。

皆さんのこれからも宜しくお願いします。

No.7 IGETAKA






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#7 安藤 淳也



神奈川カヌークラブ(神奈川)

日本は結果として2位だった。
決勝で台湾に負けてしまった。
応援してくれたみんなの期待にこたえられなかったことは悔しく思っている。
今でも決勝戦のことを考えてしまう。
しかし、自分にはまだ先がある。
そう思い込んでこれからもがんばっていくつもりである。

自分としては99年中国のアジア選手権、
2000年の世界選手権に続き3回目の代表選出である。
今回の代表は今までにないくらい合宿を重ね、
毎週のように千葉と愛知を往復する日々が続いた。
その中で自分たちは優勝できる自信をつかんでいった。

男子の参加国は

香港、台湾、イラン、マレーシア、シンガポール、マカオ、日本

の7カ国だった。

予選は7カ国の総当たり戦で行われた。
自分は3回目の代表とあって緊張は少なくて、
今までやってきた7ヶ月をすべて出し切る試合が
早く始まって欲しいと願うばかりだった。

予選は台湾戦が一番のヤマ場だった。
この7ヶ月台湾チームに勝つために頑張ってきた。
予選では4−3で勝つことが出来た。
最後追い上げられたけど勝ててよかったと思った。

予選を一位通過してノックアウト式で決勝戦を台湾と試合することとなった。
決勝戦を通じて決定的なシュートを3本はずした。
結果は3−4で追い上げも及ばず負けてしまった。
試合後は泣き崩れてしまった。
しかし、長利さん、清水さん、朝野さん、
そしてチームのみんなに励まされ立ち直る事が出来た。
仲間というもののすばらしさを改めて実感した。
みんな勝つために努力をしたし、ベストを尽くした。
結果には満足していないが、
このチームで試合が出来たことに満足をしている。

この敗北はやがて日本の財産となると自分は信じる。

代表を応援し、協力してくれたすべての人に感謝します。

本当にありがとうございました。


No.7 JR.






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#8 保谷健太



佐倉インヴァース

結果として敗れはしたものの、大いなる自信と今後の進むべき
方向性を明確に感じることができた大会であった。

優勝できなかった悔しさはあらためてここで言うまでもないが、
私個人は今までになく自分の能力を試合で発揮することができたし、
チーム全体のパフォーマンスも決して悪くはなく、むしろ練習のときと
同様あるいはそれ以上の場合も多くあったように思う。

台湾チームに私たちが劣っていた点を挙げるとするなら、
それはやはり「チームとしての試合経験」であろう。

彼らは劉監督のもと、同じ体制、メンバーの変化こそあれ基本的に
同一のメンバーで国際大会に多数参戦している。
(加えて、彼らは自国内でもほぼ単一チームで活動している)

台湾、日本ともに相手のミスは得点につなげた内容であったが、
潰すことができるミス、チャンスの取りこぼしがあったのもまた事実だ。

経験差がこれらに直結しているとは必ずしも言えないが、
9月の世界選手権を見据えた場合、技術的に実力が僅差の相手に
競り勝つために、この点は決して軽視できない。

そのためにも今後も早期より合同練習を数多く実施し、
チームとしての経験値をより高めることが絶対に必要である。

今回の経験は今後の日本代表チームの大きな財産になるだろう。



以下、各具体的項目に関する見解

<日本が優れていた点>

・ディフェンス全般
ゾーン(ローテーティング)、マンツーマンともに組織的に
崩された場面は皆無であった。
特にゾーンディフェンスに関しては、プレーしていて不安感は
全くなかった。積み重ねた合宿の成果と言える。

・シュートスキル
45度より浅い角度とインサイドからのシュートに関しては
アジアで抜きん出ていた感があった。
また、シュートヴァリエーションも豊富で、相手に的を絞らせなかった。

・声、雰囲気
練習の時にたびたび見受けられ懸念されていた、失点時のムードの
悪化によるパフォーマンスの低下はほとんどなく、全員が意識して
声を出しているのがわかった。
さらに、他チームが比較的静かにプレーしていたため、日本チームの
声の大きさが際立っていた。


<足りない点、反省すべき点>

・被マンツーマン時の確実性
シュートの取りこぼし、パスカット、パスミスと確実性に欠けるプレーが
しばしば見受けられた。今後潰すべきマイナス要素である。

・パターンオフェンス
オフェンス全体に占めるパターンオフェンスの割合
(得点になったかどうかは別として)が低かった。
練習でより100%に近い成功率をあげなければ、大会でのアドバンテージと
なる程の成果が出ないと言える。

・個人的ミス
個人的な反省なのだが、チームメイトを気にするあまり、自分のプレーが
おろそかになる場面が少なからずあった。


<今後も継続すべき点>

・ディフェンス全般
ゾーンに関しては台湾よりさらにチームと対戦しても簡単には破綻しない
完成度が現段階であるが、世界選手権を見据えた場合、更なる完成度の
向上が必要である。
また、ルールによりマンツーマンディフェンスのメリットが薄れてきている。
広い範囲でのプレスディフェンスの習得の必要性も感じた。

・45度以内からのシュート
今回は審判のジャッジの違いから、ダブルドライブを用いたゾーンの
上からのシュートを打つ機会がほとんどなかったが、今後もひとつの
得点パターンとして完成度の向上をはかるべきである。

・操艇スキル
今回は審判のジャッジの違いから、ゾーン内での攻防の機会が
ほとんどなかったが、艇の3次元的なムーブメントは確実にマスター
しておくべきだ。
また、選手全員にスピードが求められることは言うまでもない。

・個人技の研鑚
個人技に頼ったチーム戦術には未来はないが、しばしば窮地を
救ったのもまた個人技であった。
チーム練習とは別に選手個人はその得意分野を最大限引き伸ばす
努力を継続すべきである。


<今後の課題、懸案>
・フィジカル面の強化
今回はアジアの大会で、選手それぞれに大きな体格差はなかったが
(イランは別として)、世界選手権を見据えた場合、絶対的な筋力の
増強とスピードの向上は不可欠である。

・パターンオフェンスの徹底
世界の中で体格的に不利な私たちにとってパターンオフェンスの習得は
必須である。より組織的なプレーを心掛けたい。

・ルールの解釈の違い
今回、審判がかなり過敏にジョッスルの反応したため、ダブルドライブや
ゾーンシフトがまったくと言っていいほど封じられてしまい、自分たちの
オフェンスリズムがなかなかつかめなかった。
6mライン外でのプレス、マンツーマンディフェンス等、ルールの解釈に
よりプレーの変化を求められる可能性は常にあると考えるべきである。


<その他>

・自艇参加
言うまでもないが道具の性能は実力全体の結構な割合を占める。
また、破損時に備えた修理キット、スペアパドルの持参も必須である。

・通訳、道具の修理スタッフの随行
今回は英語が堪能な選手がチーム内にいたため問題はなかったが
深夜にまで及ぶ監督者会議等への同伴は本来望ましい姿ではない。

・ミーティングの充実
宿泊先のTVに持参したビデオが接続できなかったため、ビデオを使った
自分たちのプレーの反省・確認、相手チームの分析が満足にできなかった。
また、監督が深夜まで会議等で拘束されてしまったため、
チームミーティングの時間帯が遅くなってしまった。


No.8 HOYA







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#10 井上 肇



佐倉高校(千葉)

 10月にイランで行われる予定であったアジアンカップが、
テロの影響で延期となった。
そのため一時僕は、受験勉強のために代表を辞退したのだが、
幸運にも12月に大学に合格できたため、
今回の香港でのアジアンカップに参加したいと思った。

大学に入学してからも、カヌーポロを続けようと思っていた僕は、
今回の国際大会で、何かを感じ、吸収してきたいと思ったからだ。
代表に復帰するための過程で、様々な人にお世話になった。
感謝しています。
そして、私は代表に復帰でき、先輩方とともに香港へ行ける事になった。

 「香港ってどんなところだろう」
初めての地でこれから起こる出来事を想像しながら飛行機に乗りこむ、
「自分の英語は通じるのか」
そんな不安も抱きつつ、長いようで短い時間を経て、
飛行機は無事香港へ到着した。
空港で僕らを迎えてくれたのは、トーマスという(香港?)
カヌー連盟の方であった。
何かしゃべっている。中国語だろうか?
しかし、修平さんは英語で答えている。
ん?英語か?よくわからないまま、トーマスに連れられ、
飛行機からおろしたパドルを持って、空港の外に出た。

むぅ〜んとした熱気。
20℃は軽く超えているであろうという快晴っぷり。
とてもジャージなんて着てらんない。
日本は雨で寒く、こっちは快晴で暑い。
いったいどうなっているんだ・・・。

 しばらくして、ホテルへ向かうバスに乗り込んだ。
そこで改めてトーマスから自己紹介があった。
頑張って耳を凝らしていると、かすかに英語が聞き取れる。
やっぱり英語をしゃべっていたんだ。
僕には何を言っているのかわからなかったが、
修平さんが通訳をしてくれる。

すごい修平さん!尊敬して惚れた。

修平さん曰く、
「なまりのある英語を聞き取れてナンボ」
だそうだ。納得納得。

 車は高速をひた走る。
香港の建物はやたらと高い。
しかもそれを建設するときの足場は竹で組んであったのだ。
何十階建てという高層マンションの足場も竹なのだ。
これにはまいった。
しばらくして車はラマダホテルに到着。
試合までまだかなり時間があったので香港を観光する事になった。
いったん部屋に行き、(僕は保谷さんと相部屋だった)
軽装でロビーへ向かった。

 ロビーには周さんがいた。
彼は日本語が話せて、香港をいろいろ案内してくれるらしい。
ホテルを出て周さんについて行った。
上を見上げると、香港ならではの看板。
とにかく看板だった。
そして、軽く食事を済ませ、あちこち歩き回った。

試合は2時40分からだったので、かなり長い時間観光を楽しめた。
その後、開会式に出席するため、バスに乗る。
ホテルから会場まで20分くらいだったかな。

 会場に着いた。
そこには50メートルのプールがあった。
水は生ぬるい、温水だ。
僕はプールでの試合を見るのは初めてだったので些か興奮していた。

早速各自、自分の船とパドルのチェック、
損傷はないか調べる。みんな異常はなかったようだ。
よかったよかった。
そうこうしてるうちに、ぞろぞろと各国のチームが現れる。
特に台湾の選手の体つきには目を奪われた。

みんなマッチョ。

前に一度印旛沼で会った事があったので、
見た事ある顔も中にはあった。
今回の大会で、おそらく日本と優勝を争うであろう
台湾チームと日本チームは非常に仲がよく、
久々の再会を抱き合ってい喜んでいた。

 開会式の後、
地元香港VSマカオを除く5カ国混合でミニゲームをやった。
日本からは#3大城さんが出場した。
会場の雰囲気も高まりいよいよ第一試合が始まる。

 第一試合は、マレーシアVS台湾。
日本のライバルである台湾の特徴を清水コーチとともに観察した。
みんな均等に上手い。要チェックや。
結果は台湾の圧勝。台湾がとてつもなく強く見えた。
(そういえば、今回の参加国は、
マレーシア、イラン、シンガポール、マカオ、香港、日本、台湾の七カ国で、
女子もシンガポール、台湾、マレーシアの三カ国が参加していた。)

 続く第二試合は、日本VSイラン。
試合の結果は日本の圧勝だったのだが、日本は一点とられてしまった。
今のイランからは、攻撃の型こそないが、
漕ぎのスピードは速く、肩も非常に強い。
後は戦術を加えればすぐに強くなるであろうという事が感じられた。
その後日本は、マレーシアにも快勝し、大会1日目を終えた。

 ラマダホテルには、アジアンカップ参加国全ての人が宿泊しており、
交流を深める絶好の場所だった。
夕食はシンガポールの選手と一緒にホテルで取った。
さっそく自分の英語の拙さを感じた。
自分の思ってる事が英語に出来ないのだ。
保谷さんに助けられながら、なんとか少し自己紹介をした。
外国人と英語での生トークは初めてだったので、
終始緊張しっぱなしだった。
食事のお味はというと・・・どうなんだろう。
その後、部屋に戻り、明日に備えて消灯。おやすみなさい。

 翌朝朝食を済まし、
今朝のケチャップは辛かったなあなんてこと考えながら、
歯を磨いて、テレビを見ていたら、
なんと試合中にロールをしている井桁さんの姿がテレビに映っているではないか。
昨日の試合のダイジェストがやっていたのだ。
あれには驚いた。

そして、バスで会場へ向う。
今日は最大のライバル台湾との試合だ。
どの道台湾とは明日もう一度優勝をかけて戦うのであろうから、
そのためにもぜひ勝って弾みをつけたいところだ。
日本は今日の初戦(台湾戦)が二時半からだったので、
かなり空き時間があり、試合を見たり、軽食に行ったり、
フリスビーをしたりとみな自由に過ごしていた。
ただ、昨日会場に置いておいたポカリスエットと
水が入った段ボール箱がなくなっていたのに驚いた。
パクられたのかな?

とにかく貴重品の管理だけはしっかりしようと思った。
 午後二時半。
予選リーグ1位をかけて、台湾と対戦だ。
いよいよ始まる。陸上で円陣を組み、
監督の掛け声とともに飛び出していく選手たち。
気合は十分だ。

今回僕は、プールサイドからの応援だが、
見ているこっちにも闘志が伝わってきた。
試合前の水上での日本のパフォーマンス、
それは、みんなで手をつなぎお互いを引き合い揉み合いむにゅむにゅする、
最後は修平さんの掛け声でしめる、
というお決まりのものだったが、案外他国にはうけていた。

さあ、笛がなり試合が始まる。
陸の上から見ていて思ったのだが、
日本のディフェンスはほぼ完璧だった。
わずかながら危険な場面もあったが、うまく機能していた。
一時は4−1とまで点差を引き離し
「これならいけるかも」
と監督と共にそう思ったのも束の間、
あっという間に二点返され終わってみたら4−3の僅差であった。
何はともあれ勝ったのだ、日本は。

 続くシンガポール戦を大差で下し予選1位通過はほぼ確実である。
このあたりから日本のファンが増えてきたような気がする。
日本は強くて人なつっこい。好かれる要素大だ。
明日、残すしあいはマカオと香港と決勝のみである。
絶対優勝だ!

 この晩はいろいろな出来事があったが、
それは忘れて眠りにつく・・・。

 翌朝いつもより早く目が覚めた。
今日でついに決まるのか・・・
そう思うと次第に興奮してくる。
準備を済ませ、会場へ向う。
今日はかなり肌寒い、風も出てきた。
九時から日本は第一試合マカオと対戦。
こんなところで負けてられない。
結果はまたも快勝。
選手のコンディションもよいようだ。

続く香港戦、
決勝につなげられるようにセミファイナルとして臨んだ試合だったが、
力みすぎたのかもしくは香港が強いのか、引き分けてしまった。
自分たちのペースを乱さなければいいが・・・。
少し心配になった。

 その後、女子の決勝があり、優勝は台湾。圧倒的に強かった。

 そして、待ちに待った決勝、
いつものようにプールサイドで円陣を組み、
監督の「元気ですかー?」の合図。
そして、「1、2、3、ダー」と気合十分。
まさに鳥肌ものだった。

いよいよ始まる、アジアbP決定戦が。
会場全員が、固唾をのんで試合開始を待つ。

修平さんのお父さんがボールを中央に投げ入れる、
デジタルの時計が動き出す、
始まった。

両者一斉にスタート、
#3大城さんがボールを奪う、
前半の2,3分は日本のペース。
惜しい場面も幾度となくあった。
しかし、なかなか一点が決められない。

その後、しばらく台湾に攻められるが、
#7安藤さんのナイスキーパーからの反撃で、
パスが繋がり#8保谷さんがヘロ。

ゴール!!!

あの時は、本当に叫んだ。
いける、そう思えた。
その後は日本のディフェンスが冴える。
まさに完璧である。
そのまま前半が終了し、日本は1−0で後半を迎える。

ハーフをはさんで後半が始まる、台湾ボールだ。
後半は試合に熱中しすぎて、細かい事は覚えてないが、
とても文で伝えられるようなものではなかった事だけは確かだ。
終わってみると4−3で敗退。

見ているこっちにも悔しさが伝わってくる。
選手の皆さんお疲れ様。
決勝は僕が今まで見てきた中で、一番エキサイティングな試合だった。

感動した!!ありがとう。

その後水上で台湾と写真を撮り、
船の荷積みをして、ホテルへの帰り支度をした。

 今日はこの後、
ジャンボレストランで閉会式もかねてのお食事があるらしい。

バスで会場まで向う、
道中、地元の台湾っ子に何十枚ものサインを頼まれた。
サインなんて書いたことないよ・・
でも、やっぱりうれしくて喜んで書いた。
そうこうしてるうちにレストランに着く。
まばゆいばかりのイルミネーション。
とりあえず記念写真をたくさん撮った。

今度は、船で会場まで移動する。
選手の興奮は高まる。着いた。
美味しい中華が食べられる。
そう思うと、胃液の活動が活発になった。

会場へ入り着席すると、またも日本陣はサイン攻めに会う。
ジャージ、お皿、写真になどみなサインしている。
すごい人気だ。
決勝の試合はみなに感動を与えたのであろう、
そう実感できる瞬間であった。

特に保谷さんの人気はすさまじく、ヒーローなどと呼ばれていた。
うらやましい。

さて、閉会式も着々と進み、日本がメダルをもらう瞬間がやってきた。
あい変わらずすごい歓声。
全員がもらい終わり、全員で記念撮影。
ものすごいフラッシュを浴びせられたので、しばらく目がチカチカしていた。
今度は試合に出場して、自分の力でメダルを取りたい。
そう思った。
その後、いろいろな人と会話を交わし、十分とその時間を満喫した。
千田さんの23回目の誕生日も大勢の人で祝い、
様々な国のハッピーバースデイソングが会場に流れた。
こんなにものたくさんの人に祝ってもらえる
誕生日なんてそうそうあるものではないだろう。
そして、食事は終わった。

 ホテルに戻り、夜は台湾の人と過ごした。
みんな陽気でとても楽しかった。
途中僕は、イランの選手にイランチームの部屋に連れて行かれ、
ジャージを交換する場面もあった。
イランにはピンバッジも全部持っていかれた。
あの強引さがイランの魅力でもあるのだが・・・。

とにかく最高の夜だ。井桁さんがおいしい所を全部持っていき、
夜のカヌー大会も無事
(いやそういえば、うるさくしすぎて宿泊客に怒鳴られたっけなあ・・・)
に終了した。

 翌日、帰りの飛行機まで時間があったので、
最後の観光を楽しんだ。
僕は、マックで朝食をとった。
ちょっと高かったが、味は日本のものとそう変わらなかった。

その後、空港へ向い、香港を去った。


 今回の台湾での経験はとても有意義なものだった。

各国の人と交流がもてた事。
決勝では敗れはしたものの、非常に熱い試合で、
興奮と感動を与えられたこと。
あの熱い試合に魅了され、すぐにでもカヌーポロをやりたくなったこと。

思い返せばきりがない。
今度は試合に出場して、絶対に優勝するぞ、そう思えた。
カヌーポロの魅力を心から感じることが出来たそんな大会であった。


香港に行けて本当によかった。

No.10 INOUE